−少子高齢化・共生社会に関する調査会−

「地域コミュニティの再生」についての意見発表
平成21年4月15日(水)
 改革クラブの松下新平です。
 私は、本調査会に今通常国会から参加させていただき、二年目のテーマである「地域コミュニティの再生」を中心に様々な角度から勉強させていただきました。三度にわたる参考人の皆さんからの意見聴取、滋賀県での視察、また委員の皆さんからの活発な議論を拝聴してまいりました。田名部会長を始め、各委員の皆様、関係各位に対して感謝申し上げます。
 さて、私ども改革クラブも、地域コミュニティー再生の重要性については認識を同じくするものであります。私どもは、その地域コミュニティーの再生のキーワードとして、もう一つの切り口である結いの心の再生を提案いたします。結いの心とは、地域住民が助け合う自治の心です。この地域住民が助け合う自治の心には、大きく三つの要素が重要だと考えます。
 一つ目は、自分の町をよく知るということです。自分の町を愛することが大事であり、同時にいろんな角度で理知的に知ることであります。二つ目に、これから何が求められようとしているのかを考えることが大事です。三つ目に、提案を恐れずにやることが大事です。
 ここで、今の地方自治の在り方の問題点を大きく三つ指摘いたしますと、まず、行政が面倒を見過ぎる点であります。次に、地域住民の参加の場がないことです。広報伝達や統計調査への協力、あるいは選挙への世話役のようなことはしても、地域住民自らが思索し、行動して行政が行われるという民主主義本来の姿が失われているように思われます。三つ目に、地域の単位が大き過ぎることが挙げられます。これは意外に忘れがちのようですが、地域住民に自主的に行政に参加してもらうためには、自治会組織のブロックを見直す必要があると考えます。
 さらに、住民の覚悟としては、もう一つ肝心なことがあります。それは、地域住民が行政に積極的に参加していくには、奉仕だとかボランティアといった口当たりのいい言葉で誘導するのではなく、一定の覚悟をしてもらうことも大切だということです。自分たちの地域を良くしていくには、時間や労力など一定の犠牲は必要なんだという強い覚悟を地域住民の皆さんが持つようにしないとうまくいかないのです。「七人の侍」という映画がありました。あの映画に出てくる農民のような覚悟が一度は必要なのです。そうでないと、いつまでたっても他人事のようになって自治の心は育ちません。
 それでは、失われた自治の心を取り戻すためにはどうしたらよいのでしょうか。私は、区長制を廃止して、自治公民館を中心とした行政の推進を考え、実行すべきだと考えております。それまで区長の行っていた文書の配達等は役場の職員で行い、町づくりへの町民の全員参加を実現し、自治の心を取り戻すのが目的です。地域の単位を極力狭い範囲にとどめることに配慮し、例えば都市部などではビルの一室を借用して会合を運営できる程度の規模がいいと思います。
 要は、住民一人一人が当事者としての意識を持ってもらわなくてはならないのです。今どきの人たちは、今日の情報化とかスピード化とか言われる社会の影響で地域を余りにも広くとらえ過ぎているように思います。地域とは一定区域内で成り立っている生活共同体のことであり、理想からいえば、村、小さな集落で、日ごろ人と人とが朝夕のあいさつを交わし、結いの心でつながれている範囲だと考えます。
 それでは、これは都会的に言えば近隣愛とでも言うのでしょうか。それがはぐくまれ、人と人とのつながりを築くことができる範囲を単位にすることであれば、大都市においても可能なのではないでしょうか。申し上げましたように、議論をすることと提案を恐れないことが大事であると考えます。
 町の個性を生かすことも重要です。よその町と比較して異なるものを町づくりの核にしようということです。同時に、ただ異なるだけではなく、近未来に広く共感が得られるようなものでないと駄目です。そういうものが地元にどれだけあるか、みんなでいろいろ探すことから始めます。
 町づくりの基本は、申し上げるまでもなく、子供の手本になる生活づくりだと考えます。いつまでも補助金に頼っているわけにはいきません。地方自治はこれから更に非常に難しい時期を迎えると思います。今後は、戦後の経済成長路線の延長ではうまくいきませんし、行政への過剰な寄りかかりも改める必要があります。必要であります。これからの村づくり、町づくりというのは、平たく言いますと、子供の手本になるような生活づくりを目指せばよいのではないでしょうか。お父さん、お母さんが子供たちの手本になるような生活を営むことです。
それがどんな生活なのかは、それぞれの地域で考えていただきたいのです。
 自治公民館運動で教育の荒廃は救えると考えます。教育の原点は家庭です。自治公民館運動を通じて、互いの家庭同士が結いの心でつながり、地域社会と密接な関係を取り合うことができれば、教育の荒廃は救うことができると思うのです。そして、教育の荒廃を救うことが今の日本を救うことであり、長い歴史の中で脈々と築いてきた豊かな国の豊かな生活を真に享受できる世の中へとつないでいくことができるのではないでしょうか。
 大人は、今の子供は何も知らない、何もできないと言います。また、社会参加がない、奉仕の心が希薄であると言います。でも、これは子供たちの責任ではありません。親がやってみせないから、地域社会がやってみせないから子供はできないだけではないでしょうか。
 家庭教育とは、あいさつから始まり、日常的な立ち居振る舞い、言葉遣いなどを厳しくしつける場であるにもかかわらず、欲しがるものは何でも与えてしまう甘えと依存の場になってしまっています。しかも、子供は模倣して成長しますが、親自身が依存と甘えの生活をしていては、子供の自立は到底望むべくもありません。家庭教育、社会教育は、学校教育と異なり、口で言って聞かせる教育ではなく、黙ってやってみせる教育なのです。
 行政には、子供を立派に育て、教育する直接的な力はありません。行政の教育の力といったら、学校を造ったり教科書の無料化くらいなものです。学校の教育は教育のほんの一部でしかありません。子供たちを立派に育てるのは、自治公民館で地域住民がみんなで話し合って子供の手本となるような生活づくり、地域づくりをすることだと考えます。
 子供の手本になるような毎日の生活が町づくりだというのは、すべてがつながっているからです。そして、人間は一人で考えてもなかなか行動に移せないものであります。その辺のところを補いながら、励まし合いながら進めていくには、みんなが集まって話し合い協力し合う自治公民館運動が一番適していると考えます。
 行政の役割について取り上げます。
 今の行政は、ニーズにこたえるばかりに専念し過ぎていると思います。要求はだんだんエスカレートしていき、つまらないことで行政はやたら忙しくなって、肝心なことができなくなってしまうのです。時代的方向や地域の個性を見極めながら、将来への設計図を作り、十年、二十年、三十年先に求められるであろうものを核として町づくりをやっていくことが一番重要なのではないでしょうか。
 行政の役割は、住民ニーズにこたえることよりも、むしろトレンド、方向性、近未来像を示すことが大切で、住民すべてが安全で豊かな生活のできる場を住民自らがつくり出すよう自治の心を支援していくことではないでしょうか。そして、やろうとしていることが本当に住民に必要なものであるかどうか、住民が参画し、議論し、考えなくては自治の心は育ちません。今の行政は余りにも親切過ぎて、この自治の心を失わせてしまったように思います。住民もまた自治の心をなくしたことに気付いていないようで、役所に言えば何でもやってくれるものだと思っているところがあります。
 このまま主役の地域住民が自覚を持たないでいたら、日本という国はますますおかしくなっていきます。個人の生活も大事ですが、人は一人では生きられない、地域のみんなで力を合わせる、そのためには嫌なことでも積極的に行う覚悟を持つことが求められます。
 私は、これからの時代は、新時代ではなく、心の時代にしなければならないと思います。経済的な発展や進歩、工業社会の肥大化は、マンモスがマンモスゆえに滅びていったように、実は人間を退化させている方向へ向かわせている。私たちは、生活活動のベクトルを変えていく時期に来ています。
 二十一世紀のキーワードは情報、福祉、環境だと言われております。今後の地域づくり、人づくりにも、この三つの視点からの構築が欠かせないでしょう。また、経済成長だけでなく、心や人とのぬくもりや思いやりを大切にするような価値観を今より大事にするようになれば、我々はもっと幸せになれるのではないでしょうか。
 最後に、結いの心とは、心と心が通じ合うこと、人と人との交流を楽しむこと、自然を愛し文化を愛する心を共有している思いであります。助け合いの心が再びこの日本に醸成することを祈り、意見発表を終わります。