◆このサイトのついて平成29年 年頭のご挨拶

-基本理念-

   2011年3月11日。
   この日を境に、日本の姿が一変しました。
   「1000年に1度」と表される東日本巨大地震・津波被災を日本が、現在(いま)を生きる私たちが、遭遇しました。又、福島第一原発事故に対する収束の不手際、初動の大失態もあいまって、かつて経験したことのない未曾有の被災に直面する事になりました。
    改めて、無念にもお亡くなりになられた方々に哀悼の誠を捧げますと同時に、直接被災された方々に、又、親戚の方、友人知人などの方々が被災された方もいらっしゃると思います、重ねてお見舞い申し上げます。
    発災後の3月16日に、天皇陛下より国民に向けてのお言葉をいただきました。「この大災害を生き抜き、被災者として自らを励ましつつ、これからの日々を生きようとしている人々の雄々しさに深く胸を打たれています。」との率直なお気持ちをお述べになられました。私は、自民党参院の災害対策本部で、幹部議員とともに拝聴しておりました。この有り難いお言葉に、一同感極まり、日本再興を誓い合いました。その後も、天皇陛下の、お身体が万全ではないにもかかわらず、皇后陛下とご一緒に、たびたび、被災地にお出掛けられ被災者の皆さんを励まされているお姿に、深く胸を打たれております。
    さらに、地震発災以来、自衛隊、警察、消防をはじめ政府、自治体、関係機関等が救出、救援、物資の確保等に昼夜を分かたず取り組んでおられることに心から敬意を表します。

    さて、人間は、科学によって非常に豊かな文明を生み出しましたが、あらゆる科学が人類に役に立つかというと、そうではなかったことが、今回の原発事故で逆に突きつけられました。我々は、人類文明を破壊するような科学の危険性にこれまで目をそらしていたのではないでしょうか。
    直面している困難を早急に克服するとともに、我が国のエネルギー政策、国のかたちについて国民的議論を踏まえて、全国の原子力施設の安全性と電力の安定供給を確保することで、国民の安全と安心を回復することが急務です。
    さらに、仮に日本で原発を徐々に廃止にしたとしても、数年後、数10年後にアメリカや中国などで同じような事故が起こる可能性があります。原発に過度に頼らずに、国を成り立たせるために、文明の新しいあり方を模索しないといけません。日本が先陣を切って、そういう文明をつくれるかどうかに、今回の教訓が生かせるかどうかに、世界の未来がかかっています。

   そして、日本は必ず再興します。再興しなければなりません。
    これまで、反省すべき点は謙虚に反省し、それを克服して、さらに、良い国にして行く責任が、我々にあります。子供や孫に代に、引き継ぐ役割が我々責任世代に課せられています。
   「疾風(しっぷう)に勁草(けいそう)を知る」と言う言葉がございます。
    激しい風が吹くと、あらゆるものが飛ばされますが、根のしっかり張った草は飛ばされないで残る。激しい風が吹いて初めて強い草が見分けられるのです。
   そうです、日本国も日本人も同じです。
   苦難や厳しい状況におかれてはじめて、その人の真価が問われます。
    昨年の宮崎での口蹄疫、新燃岳噴火、鳥インフル惨事、そして今回の大惨事で、私達が教訓として考えなければならないのは、「人智を超えたものに対する創造的な智恵」です。このことがこれからの一人一人に強く求められます。この大局観と同時に、地域の気持ちを共有する人間力ももちろんです。

   こういう時だからこそ、立ち止まって考える事が重要です。国家とは何か。日本の向かうべき方向は何処なのか。
    日本が為すべきことの大きな課題の一つに国防があります。私たちの豊かな生活の大前提に国の安全があります。国防の重要性は認識されながらも、これまで、やはり先送りしておりました。
   日本の自主防衛体制を大幅に強化し、東アジアの安定のため日本がより主体的、戦略的な役割を果たすという形に同盟のコンセプトを切り替えなければならなりません。国防方針も専守防衛から、より機動的な防衛戦略へと切り替え、一日も早く集団的自衛権の行使を可能にすべきです。自主憲法制定もかつてない迫力で実現して参ります。

   郷土の偉人である現在の東京慈恵会医科大学の創設者である高木兼寛先生を紹介します。
   当時多数の死者を出していたかっけの病気を治したことで、世界でもビタミンの父として名高い先生は、「病気を診(み)ずして病人を診よ」という言葉を残されました。これは、医学の実践から出た言葉でしょうが、物事の本質を見極める原点として私の政治活動の範としております。
 今の政治に置き換えますと、「国会を診ずして国民を診よ」ということになるでしょう。選挙のための政策になっていないか、党利党略に走っていないかと語りかけています。政治、参議院の在り方自体を問われている今日、何のためにあるのかという原点に立ち返る必要があります。

   大震災以降、私の下へも、地元宮崎の皆さんをはじめ全国の沢山の方々から、支援等の申し込みを頂いています。未だ、復興していない宮崎の現状にも拘わらず、「なけなしの義援金ですみません」との申し出もありました。
    そうです、発災前は、私の地元、宮崎において、口蹄疫、新燃岳噴火、鳥インフルエンザと災難が続きました。この天孫降臨の地宮崎の災いに、「天啓ー天からの啓示」とも言われておりました。

   戦後の復興を成し遂げた80代の方々が、「この状況は、戦後の焼け野が原に似ている。今の若者に我々のような気概があるか」と話されているのを聞きました。
    被災地で示された東北の方々の助け合いの精神を、日本復興の礎にしなければなりません。私はそこに日本の希望があると思います。
    経済成長率だけで幸せを測るのは間違っています。生活は便利じゃなくてもいい。私利私欲の国家ではなく、助け合いの精神、慈悲の精神のみなぎった国家にならなくてはならないと想います。
  このたび、参院災害対策特別委員長を拝命しました。国民の生命、財産を護る事は、政治の要諦です。
   緊張感を持って取り組み、私の役割を果たして参ります。

                    2011年7月17日 なでしこジャパン見事な世界一の日に記す。
                                                          参議院議員
                                                          参院災害対策特別委員長 松下新平